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天球儀とは

 天球儀は地球儀と同様、星座を球に描いたものです。北極と南極を結ぶ軸で回転し、天体の出没などを理解する器具です。ただ、天空を外から見ることになるので、星座は裏返しになります。江戸時代に使用された天球儀は中国の星座を描いています。
 日本の天球儀は中国の渾象、天体儀を基に作られたと思われます。渋川春海の貞享暦には天球儀の絵があり、以下のように記述されています。

 「天球之図
器九天文玉石七政随時推測之。」

 ここに書かれているように、太陽、月、五惑星の位置を推察するために使用されたようです。実際、渋川春海の制作した天球儀には365日に対応する穴があいており、そこに惑星、太陽、月の模型をさすようにしていました。実際、多田神社には惑星の模型が残っています。
 現存する天球儀の内、多くの天球儀が渋川春海の制作した「天文分野之図」、「天文成象」を基にしているのは渋川春海が天球儀を使用したためかもしれません。

宝暦の改暦をまとめた「暦法新書」には
「天球即星図也。或名三辰儀其制也。如塑像圓円矣。全球圓径尺有一寸。
内以木為之。外以堵紙糊之。全体施粉白之。
書赤道以猩紅 又識二十四気平行三百六十度有奇以晦墨
而毎度◆小◆制金銀之小輪嵌之以象日躔月離行
又去南北枢軸三寸五分書上下規撒砂金以書天何矣。
蓋記星象石申、巫咸、甘徳及本朝下局所見凡三百六十一名。積数一千七百七十三星。
各以朱墨黄青点之麗麗綿綿列其位
又当恒星之距度以墨引線便観南中也。
球外設一単環為地平規
記以十二辰八干艮巽坤乾之方名也。 南北両端に設機軸随ニ極出入之勢而高低。」
 ここでは、天球儀の説明は天文学的内容よりも形状や記載事項に重きを置いているようです。おおよその意味は以下の通りです。
 「大きさは一尺一寸ほどで、木の上に堵紙を糊付けし、粉で白くします。
赤道は深紅色で、二十四節気や三百六十五度の度数を墨で書きました。
金銀の小輪嵌を作り、それで太陽と月の運行を表わしました。
南北の極から三寸五分離れたところに上規(北)と下規(南)を書き、砂金で天の川をあらわしました。
石申の星座は朱、巫咸の星座は墨、甘徳の星座は黄、渋川春海の制定した星座は青で表わし、三百六十一座、総数一千七百七十三星を書き入れました。 天球の外側には地平規の環を置いて、そこに十二辰八干艮巽坤乾による二十四の方位を書き入れました。
天球の南北の軸には回転軸を通し、それを回転させることで、星の出入りや高度を知ることができます。」

 このように、宝暦の頃には星座を色で区別し、春海の星座が記載されていることがわかります。

 天球儀は宝暦の頃までは、日本から見えない南の星座が描かれていませんが、その後、「天経或問」や「霊台儀象志」の星図から南の星座が描かれるようになりました。


富山市科学博物館:富山市天文台
作成 2007-02-21
最終更新 2007-07-12
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