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埼玉県の時の鐘訪問記

川越城の時の鐘(埼玉県川越市幸町)

 JR川越駅からバスに乗り、川越市の街中に入り見学しました。川越は小江戸と呼ばれ、とても風情のある街です。時鐘は川越の町のシンボルタワーのようで、町中から良く見えます。時鐘をモチーフにしたお菓子がありました。
 銘盤に以下のように書かれています。

時の鐘

所在地 川越市幸町
この時の鐘は寛永年間(1624-44)に川越城主酒井讃岐守忠勝が建てたのが最初といわれているが、江戸時代を通じてたびたび建て替えられた。現在の建物は、明治二十六年三月の川越大火直後に再建されたものである。
建物の構造は、江戸時代そのままmを踏襲したもので、鐘楼の高さは五丈三尺五寸(約16メートル)あり、奈良の大仏と同じだといわれる。よく均整がとれており、蔵造りの町並みを圧して高くそびえる景観は、往年の城下町の情緒を偲ぶことができ、今日では小江戸川越のシンボルとなっている。
現在は電動式となったが、午前六時、正午、午後三時、午後六時の四回鐘が鳴り、今も市民に時を告げる役割を果たしている。
昭和五十七年三月



岩槻城の時の鐘(埼玉県岩槻市本町)

 岩槻駅から歩いて10分ほどの所にあります。岩槻は人形の街ですが、駅には時鐘をモチーフにしたお菓子も売られていました。
 銘盤に以下のように書かれています。

時の鐘

所在地
岩槻市本町六丁目

岩槻に過ぎたるものが二つある
児玉南かと時の鐘

岩槻城下の時の鐘は、寛文11年(1671)時の城主阿部正春が冶工渡辺近江じょう正次に命じて新鋳し、城内、城下の人々に時を知らせたものである。それから約五十年後、鐘にひびが入り音響不調となったため、時の城主永井直信が享保五年(1720)小幡内匠勝行に改鋳を命じ、出来上がったものが現在の鐘である。昔はこの鐘の音が九里四方に鳴り響き江戸にとどくほどだったと言う。昭和三十三年二月二十一日市指定有形文化財(工芸品)になっている。
また、現在の建物は、天保年間に焼失したものを嘉永六年(1853)に再建したものである。
鐘の高さ六尺(約1.8メートル)
口径二尺五寸(約75センチ)
厚さ二寸(約6センチ)
昭和五十九年三月
埼玉県岩槻市



富山市科学博物館:富山市天文台
作成 2003
最終更新 2007-07-12
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