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石川県の天文歴史関係資料

石川県内の天文歴史に関係する資料・記念碑を紹介します。


(1) パーシバル・ローエル顕彰碑(穴水町)
ローエル顕彰碑 ローエル顕彰碑
   
火星の運河説で有名なパーシバル・ローエル(1855-1916)は明治中期に日本を訪れ、1889年に能登半島の穴水町まで旅をした。帰国後、「能登」を執筆し、日本の農村地帯の状況や能登について紹介しています。それを記念し、穴水の高台、由比ケ丘にある町営国民保養センター真名井の一角に、アメリカの天文学者P・ローエルの顕彰碑が昭和56年(1981)10月に建立された。
この顕彰碑は、アメリカ・フラグスタッフ市との親善交流を行っている穴水町が建立したもので、アメリカ・フラグスタッフ市との交流の縁となったP・ローエルの功績を讃え建立したものです。
顕彰碑は高さ約2m、ステンレス製の枠をアルファベットのA字形に組み、説明板を入れたもので、碑のAはアメリカのAと穴水のA、また、P・ローエルが明治22年(1889)5月に能登を訪れたとき、不思議な海上の構造物として驚き、わざわざ船を着けて登ったという、ボラ待ち漁のヤグラも表現しています。説明板には、P・ローエルと穴水町の関係が英文と和文で紹介しています。  このロ−エルの能登の紀行文は、昭和56年(1981)、石川県金沢市の出版社パプリケ−ション四季から「能登・人に知られる日本の辺境」と題して出版されています。
参考文献
ローウェル,能登−人に知られぬ日本の辺境−,1981,パブリケ-ション四季
佐藤利男,星慕群像,1993,星の手帖社


(2) パーシバル・ローエル案内板(中能登町荒山峠)
ローエル案内板 水準点
   
ローエルは東京から上越まで汽車、その後、人力車、徒歩で新潟県、富山県を通って、氷見から荒山峠を越えて能登にはいりました。その記念すべき場所には案内板が立っています。


(3) 木村宋博士顕彰碑
      (金沢市泉野町ふるさと偉人館・金沢市立泉野小学校・金沢市立十一屋小学校内歴史記念室)
木村栄(1870〜1943)博士は、金沢市泉野に生まれ、岩手県水沢緯度観測所の初代所長に就任し、正確な緯度を観測することにより地球の自転運動を観測していました。木村は1902年に従来の極運動以外に1年周期の変動成分、Z項があることを発見し、1936年にはイギリス王立天文学会からゴールドメダルが贈られました。その後、Z項は地球が完全な固体でなく、流体核をもつことにより生じることがわかりました。 金沢市立ふるさと偉人館(金沢市下本多町6−18−4)には博士の業績が展示されており、石碑が生誕の地、金沢市泉野町にあり、胸像がふるさと偉人館、金沢市立泉野小学校、金沢市立十一屋小学校内歴史記念室にもあります。

木村 栄博士生家跡 金沢市泉野町3丁目18ー16
木村栄博士は明治3年(1870)9月10日、現在の金沢市泉野町3ー18ー16にあった篠木(ささき)家の二男として生まれています。現在、生家跡には木村 栄博士顕彰会が昭和35年(1960)秋に建立した「木村栄博士生誕の家」と刻まれた高さ約1m、幅約20pの石碑があります。
参考文献
山岡光治,訪ねてみたい地図測量史跡,1996,古今書院


(4) 西村太冲墓碑(金沢市野田山)

金沢市野田山にある西村太冲の墓碑です。ここに西村太冲に関することが書かれており、太冲の資料としては重要なものです。
(写真:河崎倫代氏提供)



富山市科学博物館:富山市天文台
作成 2007-05-07
最終更新 2007-07-12
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