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富山県の天文歴史関係資料

富山県の天文歴史に関係する資料・記念碑を紹介します。


(1) 西村太冲顕彰碑(城端町)


 江戸時代の天文暦学者、西村太冲(1767-1835)の碑。太冲は城端町出身で、京都で西村遠里に、大阪で麻田剛立につき天文暦学を勉強した。寛政十二年に加賀藩の藩校の講師として金沢で登用された。1年後に職を辞し、城端で日食や月食の観測などを行った。文政四年、再び加賀藩に登用され、時制の改革、金沢街の測量などに従事し、金沢を元にした暦などを作成した。顕彰碑は1921年イギリスの天文台からの要請で京都帝国大学から太冲に関する照会が届いたのをきっかけに太冲の検証がなされ、1934年に完成した。
(2) 西村太冲生家跡(城端町)


 西村太冲(1767-1835)は明和四年、城端に生まれ、寛政十二年、加賀藩の職を辞した後、文政四年に再度登用されるまでは城端にすんでいた。 銘版の内容は以下の通りである。

西村太冲宅址
西村太冲は明和四年城端町に生れた。元の姓を蓑谷氏。天文暦学を志して京都の西村遠里の門に入り、その後継者となって、西村姓を名乗った。のち大阪の麻田剛立に学び、その高弟の一人に数えられた。寛政十一(一七九九)年、加賀藩明倫堂の講師に招かれたが、一年で辞して城端に帰り天文暦学研究にいそしんだ。文政四(一八二一)年再び加賀藩に召され、金沢分間絵図の作成、時制の改革、彗星の観測等に指導者的役割を果たし、天保六(一八三五)年五月、金沢で没した。享年六十八才。墓は金沢野田山にある。北陸の地に、当時の最先端をいく天文暦学理論と観測技術・機器をもたらした功績は大きい。
城端町教育委員会

なお、以前の銘版の内容は以下の通りで、現在のものが最近の研究を基に書き直されたことがよくわかる。

西村太冲宅址
西村太冲は明和四年城端町に生る。姓を蓑谷氏、天文暦数の学を志し、京都に出て、西村遠里の門人に推されて、その後となり、西村氏を名乗る。後に大阪麻田剛立に学び、その温奥を極む。加賀藩に招せられ、明倫堂に天文学を講じ、致業の後は郷里城端に於て医業を営みつつ、天文気象の観測を怠らず、天覧気朔暦他八十余冊の著書成る。晩年再び加賀藩に仕え、時鐘の制定、地図の作成などに参与せられ、天保六年金沢にて歿す。六十九才。墓は野田山にあり。昭和三年、御大奥に際し、正五位を贈らる。
城端町教育委員会


(3) 石黒信由顕彰碑(新湊市)

 石黒信由(1760-1836)は越中高木の人。すぐれた和算家、測量家で、暦学も勉強した。信由は宝暦十年(1760)、越中国射水郡高木村(現在の新湊市高木)の豪農の家に生まれた。郷土出身の平安時代の算学博士、三善為康にあこがれ、富山の中田高寛に和算を学んだ。高寛は和算で名高い関孝和の流れを汲む人で信由は高寛に十五年学び、関流算法の免許皆伝となった。また、測量術は加賀藩の藩校明倫堂の師範を務めていた宮井安泰に、天文暦学は同じく師範であった西村太冲に学んだ。
 加賀藩は文政二年(1819)に郡内の道筋の地図を作ることを命じた。信由は約三年半かかって測量を行い、文政七年(1824)に郡内の地図を、翌年には加賀、越中、能登の国図と三州の地図を完成させた。それが「加越能三州郡分略絵図」である。


(4) 五芒星の描かれた石垣(富山市)
 富山城の南西の石垣には星印の形をした、五芒星の描かれた石垣がある。五芒星は陰陽道で不思議な力を秘めた紋で、魔除けとされている。富山市埋蔵文化センター藤田富士夫氏はこの石は本丸から見て南西にあり、裏鬼門を守っているのではないかと推測している。裏鬼門は表鬼門(東北)とともに災いが出入りする方角とされ、陰陽道では建物や城の設計上特に注意された。

  参考文献:北日本新聞、平成14年5月2日「高まる陰陽師人気」の記事

(5) ローエル滞在記念案内板(黒部市)
天文学者ローエルと加賀藩本陣
 江戸時代、三日市は宿場街として大名行列や多くの旅人が往来し、 北陸上街道(浦山・愛本橋へ)と、下街道(沓掛・黒部川へ)の分岐地として、陸上交通の要所であった。  当、島薬局の祖先「嶋屋」は加賀藩本陣御宿を拝命し、明治二年(一八六九) の「版籍奉還」における本陣宿廃止まで、その大役を全うした。  明治二十二年(一八八九)、米国人パーシヴァル・ローエル(当時三十四歳)が 能登へ行く途中の五月六日夕刻、三日市に到着。元本陣・嶋屋に宿泊した。  その著書「能登・人に知られぬ日本の辺境」には、明治中期の三日市町の様子がい きいきと記されている。資料で見る限り、ローエルは、黒部市内で宿泊した最初の欧米人ではと、考えられる。  ローエルは火星に高等生物が棲息しているという説を唱えたり、海王星の かなたに惑星X(のちの冥王星)の存在を予言するなどして、世界的な天文学 者となった。
黒部ライオンズクラブ
 平成八年三月(文責 八木 均)


(6) 北辰星の石塔(滑川市)
滑川市の加積雪嶋神社の境内すぐ外にいくつかの石塔、庚申塔と共にある。裏に文字が書かれているようであるが、読めない。
参考文献:
塩照夫著、富山県の歴史「越中の街道と石仏」



富山市科学博物館:富山市天文台
作成 2007-04-23
最終更新 2007-07-12
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