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富山県の七夕関係資料

富山県の七夕に関係する天文民俗・祭を紹介します。

七夕民俗行事

(1) 尾山七夕流し(黒部市東布施)
七夕飾りの横を練り歩く 姉さま人形
行灯
   
 黒部市尾山地区で毎年8月7日行なわれる行事。富山県無形民俗文化財に指定されている。事前に女の子は和紙で作った姉さま人形、小学生以下の男の子は舟、中学生の男の子は行灯を作っておき、公民館に集める。夕方には大きな姉さま人形を先頭に地区内を練り歩く。
 その後、一度解散し、午後九時から笛や太鼓のおはやしとともに、一人一人川に入って女の子は人形を男の子は舟と行灯を流す。人形、舟。行灯にはろうそくをたて、灯りをつける。一年の罪やけがれを払い、無病息災を祈る。


(2) 入善舟見七夕祭(入善町舟見)
神事 土人形
七夕飾り 七夕飾りのアップ
   
 7月6日、7日に行われる行事で、商店街主催の七夕祭ではなく、個人個人の家で手作りの七夕を飾る行事である。特に家庭によくあるもの(卵のパック、豆腐のパック、荷造りひもなど)を利用して、美しい飾りが作られる珍しい行事である。飾りは冬の時期から用意し、近所にも秘密で作られ、7月6日に初めて目にすることになる。6日に飾りのコンクールが行われる。
 6日の飾りつけの前に七夕神社(現在は藤保内神社に合祀されている)で神事が行われる。祝詞には「タナバタツメと事代主」の名前があげられている。
 昔は男の子が七夕宿に一晩泊まり、粘土をこねて人形をつくった。人形は舟見に関係がある歴史上の人物などが作られ、展示された。この会場は「人形飾り御宿」と呼ばれている。この風習は七夕宿と七夕人形の両者の特徴を備えていることになる。町は6つの区にわけられていて、どの区でも作られていたが、現在はそのうちの1区のみ青年部が製作し、アニメのキャラクターの人形をつくっている。この風習がわずかに昔の面影を残している。
 昔は7日の夜の十二時を過ぎると、七夕飾りや人形を大八車に積んで、愛本橋のたもとに運び、燃やして黒部川に流したが、現在は行われていない。
 舟見七夕祭の起源として、江戸時代初期の参勤交代の時期に殿様を楽しませるために七夕飾りを行ったという説がある。加賀藩史料を紐解くと、確かに前田綱紀の頃1693年や1695年をはじめとして7月7日付近に参勤交代が行われたときはあった。しかし、参勤交代は時代が下ると別の時期の方が多く、その説を裏付ける資料を見出すことはできなかった。


(3) 七夕舟(入善町吉原)

 入善町吉原では、村ごとに青年たちが若衆宿に集まり、四尺余りの屋形船をつくる。船端の竹枕にはなす・とまと・かぼちゃなどを刺し、また短冊、ちょうちんも飾り付けて村をかつぎ回る、青年たちに混じって子供もいっしょに

年に一度の七夕様よ
どこへ流そじゃ川すそへ
天の川原へ流れ込む
来年またございせ
さらい年またございせ

と拍子木を打って回る。さらに各むらの屋形船がいっしょになって、むらを練り回る。回り終わると七夕といっしょに屋形船を流す。
 この行事は最近は廃れていたが、一時地区の努力で復活した。しかし、2006年夏に入善町役場に確認したところ、少子化のため、再び休止されているとのことであった。

(4) 七夕舟と天狗など(魚津市上村木町)
屋形舟 ひょっとこ
白般若と天狗 白きつねと一緒に歩く人々
   
 入善町吉原・芦崎の祭りに感動し、大正2年(1913)に始まったといわれている。他の七夕行事とは異なり、あじろと呼ばれる装束を身に着けた人々が様々な面をつけ、厄払いをしながら、町を練り歩く。また、屋形舟が引き回される。詳しくは以下のホームページをご参照いただきたい。
  上村木七夕祭りのページ


(5) 習字の上達を願う七夕川(滑川市)

 この川は滑川市大野新から町野、柳原、辰野から和田の浜まで約 3.4qを流れている川である。「滑川市史」上巻によれば、川の由来は寺小屋に於いて、毎年7月7日夕に手習子がこの川へ七夕竹を流して習字祝いをしたため、これをもってこの川の名前としている。
 この七夕川の地名は、天保12年(1841)4月完成の「新川郡西加積組滑川町見取絵図」にも記され、現在この地図は滑川市立博物館に所蔵されている。


(6) 七夕棚(富山市)

富山市開発では、7月6日の祭りの日に軒下に棚を組み立て、なす、きゅうりなどの初物をひもにつるし供えている。これを七夕棚という。2000年初め頃開発の町内会長に確認したところ、現在では行われていないとのことであった。

(7) 富山県内の他の七夕の風習

 以下に関しては参考文献より引用した。当天文台による確認は行っていない。
 魚津市では昔から7月1日から6日までの間に笹飾りをする。いろいろな短冊や提灯をつるし、終わったら海に流す。笹飾りを海や川に流す風習は県内各地にあり、高岡市、入善町、魚津市、富山市、立山町、八尾町、新湊市でも行われていた。宇奈月町では、七夕を送る道中は笛、太鼓で賑やかに送る。黒部市石田では、七日の晩、七夕を海辺に並べ、ともされた沢山のちょうちんの燈火が消えるまで流さなかった。南砺市城端では、各町内の子どもたちが各戸から歳徳と同様に「たのんますちゃー」と寄付を集める。青竹の大きなのに、数十の紅提燈や短冊をつるし、歌をうたって町中をねり歩いた。
 ところによっては、この日を「七日盆」、「盆始め」といって、盆の準備を始めるものだといっている。1935年ごろまで富山市、富山市楡原、下新川郡朝日町大家庄では、この日を盆道つくりといって、墓へ通ずる道路をムラ共同で修理する。魚津市松倉では、七日さまといって墓掃除をしたり、山仕事に不便のないように山路を総出で修理した。

  参考文献:北日本新聞、平成13年8月8日の記事
        漆間元三,習俗富山歳時記
        漆間元三,富山県大百科事典
        富山市教育委員会 富山市の文化財シリーズ 富山市の年中行事
        富山市史、通史編下巻,1987



七夕祭

(1) 高岡市の七夕祭(高岡市)

 高岡では江戸時代より七夕まつりが行われていたが、昭和初期より盛んになり、特に長男が生まれた家では親戚知人が集まり、盛大に行われていた。高岡の七夕祭りの特徴は願い事を短冊に書き、川に流すところにある。子どもの健やかな成長を願うとともに技芸の上達を願い、心をこめて書いた短冊を大きな竹に結び、提灯や吹き流し等の飾りをつけ、千保川などの大きな川へ流すものであった。これは短冊に書いた願いが川を経て天に通じるという伝説にもとづくものであり、古い七夕祭りである乞 巧奠の形をそのままひきつぐものである。この伝統的な行事も20年ほど前から行われなったが、最近、環境に影響を与えないような形で 復活したが、再び中止になった。
 高岡の七夕祭りは、8月上旬に行われ、非常に背の高い笹飾りが飾られるのが特徴である。また、井上靖の小説で高岡を舞台にした「七夕の町」がある。
参考文献 「高岡七夕流しの会」の資料

(2)高岡市戸出の七夕祭
赤提灯の多い七夕飾り 織姫と彦星の飾り
   
 高岡市南部の戸出では、7月4日から7日まで七夕祭が行われる。この祭は戸出町のシンボルとして1963年(昭和38年)に戸出商工会の企画により開催されるようになった。手作りの七夕飾りが特徴で、吹流しの飾りの本数が多いこと、飾りに赤提灯が多いことなどの特徴がある。


(3)南砺市旧福光町の福光ねつおくり七夕まつり(南砺市旧福光町)
七夕飾り 行灯
   
 7月22日に子供たちが田んぼを巡り、夏の暑さを払い、五穀豊穣を願う「ねつおくり」が起源の祭である。一般的には「虫送り」と呼ばれる。わらで作った人形を引いて練り歩くこと、五色の短冊を飾った笹竹で暑さを振り払うことが特徴である。  この行事を中心に行われているのが福光ねつおくり七夕まつりである。


(4)その他の七夕祭り
入善七夕祭 黒部市の七夕飾り
   
入善町の中心部では8月7日を中心に七夕祭が行われ、商店街を七夕飾りが飾られる。宇奈月駅前では7月1〜7日に願いごとを短冊に書いて飾る「黒部峡谷七夕飾り」が行われている。また、黒部市の中心街では七夕飾りが飾られる。



富山市科学博物館:富山市天文台
作成 2007-05-01
最終更新 2007-07-12
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