日本海の歴史の語り部
淡水に住むコツブムシ (第56回)



  
   
   県内の湧水や小川に見られるホクリクコツブムシ
   
 イソコツブムシはダンゴムシと同じ等脚目に属している1センチ足らずの小型甲殻類で、ちょこまかと海藻の上などを歩いては敵に襲われると、丸くなる。海版のダンゴムシという感じでかわいらしい。

 この仲間は東アジアと北アメリカの海岸にすみ、日本の海にも普通に見られる。しかし、山陰では真水にもいると聞いたので、北陸でもいるのではないかと思った。約20年前、高岡の山手の小川にじっさいに生きているのを見て感激した。

 その後、北海道から九州まで何度も旅行し、多くの地域から採集を試みたが、日本海側各地の淡水域からはしばしば見つかるものの、太平洋側の多くの川や池からは見つからなかった。そして、淡水から見つかったものを詳細に調べて見ると、色とか、毛のは生えかた、微妙なプロポーションにおいて、海にいるものとも違うし,同じ日本海側でも地域によって少しずつ違いがあることが分かった。そして、これは日本海の地史,特に氷河時代に関係しているのに違いないと考えた。

 本来海にすんでいた種類が淡水にすむようになったのは日本海が孤立して、塩分の濃さが下がった場合であろう。今から一万年前まで続いた地球上の温度が下がり、海面が低下し、海峡がせばまり、淡水湖化したのである。氷河時代に日本海の淡水湖であったことはは大学時代の恩師西村三郎先生が日本海の生物地理を研究し、よく言っておられたので、影響を受けたことは確かだろう。コツブムシが低い塩分に適応できるようになった。しかし、その後地球が温暖化して、太平洋から通常の塩分の海水が入り込んだため、淡水域に逃げ込んだのであろう。

 環日本海地域の淡水種は日本海の氷河時代の淡水湖化(またはそれに近い状況)によるものである可能性が大きい。こんな小さな虫も悠久の地球の歴史を生き抜いてきたのである。彼らをしらべることによって、日本列島と日本海を彼らの住む居場所は大切にしていきたい。 (布村昇 2000年6月24日掲載)




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