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とやまと自然 第20巻 秋の号(1997年)
雪国を分ける

石坂雅昭

はじめに
 「北海道の雪と北陸の雪は違う」あるいは,「北陸の雪は湿って重い」などと,雪国の人々が何気なくかわす会話にある雪の質の違いは何をさすのでしょうか。なるほど北海道の雪の「さらさら」に対して、北陸の雪は「べたべた」とでも表現したいような違いがあります。そこで、今までは雪の深さの違いだけで見ていた雪国を、雪の質から見たらどうなるかを考えてみました。題名にある「雪国を分ける」という意味は、日本の雪国を雪の質の違いによって分けるということです。  分けるというのは、ものの見方です。したがって、同じ自然をどのような見方で分けるか、人によって個性がでてきます。私の関心は、北陸的な湿って重い雪の地域が日本のどのあたりまでに分布するかを知るという点にありました。そこで、まず北陸の雪の特徴ををどのようにいいあらわすか、それはどんな基準で他の地域から分けられるかということから出発しています。新しく作った聞き慣れない言葉もでてきますが、私が提案している日本の雪国の分け方を紹介したいと思います。

北陸の雪の特徴
 北陸の雪と言っても実際はさまざまな雪があるのですが、ここでいうのは富山の平地の積雪について言われているような「湿って、重い雪」をさしています。文字どおり湿っている、すなわち水を含んでいる雪です。湿っている雪はすぐくっついてしまい大きなかたまりができやすく、除雪をするときも力がいります。さらさらの雪の地域なら、ほうきで掃くことも可能ですが、ここの雪はそうはいきません。実際に中国の東北部に行った時に、薄く積もった雪を竹ぼうきではいていたのを見たときは、かすかな感動を覚えたものです。雪といえば自分の住んでいる地域の雪を思い浮かべてしまいがちですが、世界にはまったく違った冬と雪があることを目の当たりにしたからです。また、同じ体積でも北陸の雪は重く、一冬に何回も屋根の雪下ろしをしなければならない地域もあります。このように、北陸の雪は水を含むことによって雪と雪がくっつきやすく、除雪に大きな力が必要なことからくる重量感と、雪そのものが重いことの二つの特徴があるといえます。ただ、水を含んでいることと雪自体が重いことととは、実は密接に関係しているのですが、そのことを知るために冬の積雪の断面をみてみることにします。

雪は上からとける
 雪を調べる時は、積雪の断面をつくって、雪の内部のようすを観察します。そうすると積雪がいくつかの層になって古い雪から新しい雪へと積み重なっているのがわかります。ただ、富山の雪は降り積もった雪がゆっくりと押しつぶされながら積みかさなるといういことはなく、積雪の上部からやってくる水におおわれて激しく変化しています。上部からくる水は、雪がとけた水や雨の水です。富山の冬は真冬でも気温が0℃を上回ることが多く、絶えず積雪の表面で雪がとけだしています。その雪どけ水が下へしみこんでいきます。一部は集中して水の道をつくって積雪の底へ流れていきます。よく見られる雪えくぼは、こうした水の道のところにできている雪のくぼみです(図1)。
写真1.ざらめ雪
 水の道を通る水も、途中で横方向に広がり、また上からしみこんでくる水といっしょになって、積雪全体が水をおびるようになります。このように、富山のような比較的暖かい地方の積雪の内部では、真冬でも激しい水の動きがあるのです。そして、とけだして水を多量に含んだ雪や水の通り道に当たるところの雪は、水を含むと急速に雪粒が大きくなるという性質があるので、急激に雪粒の姿を変えて「ざらめ雪」(写真1)という粒の大きい重い雪質の雪に変わります。
雪どけ水が雪粒を変えて、重い雪をつくるわけです。したがって、湿って重い雪を作り出している根本は、積雪がその表面でとけだすことにあるわけです。富山ではそのことが真冬の一番寒い時期にも起こっています。そこで、このように真冬でも雪が湿っている地域を「湿り雪(べたべた雪)地域」と名付けることにしました。

さらさら雪の「乾き雪地域」
 さらさら雪で代表されるのは北海道の雪ですが、よく考えるといつもさらさら雪ではないはずす。あまり寒さが厳しくない冬の初めは、おそらくべたべた雪のことも多く、春先の雪どけの頃もそうでしょう。このことから、その地方の雪の特色は一番寒い時期の積雪の状態に注目しなければ意味のないことがわかります。したがって、べたべた雪の地域を、「真冬でも雪が湿っている」としたのに対して、同じようにさらさら雪の地域を言い表すと、「真冬には、雪がとけずに乾いている地域」ということになります。そこでは、降り積もった雪がとけ水をかぶることなく、そのままの状態でさらに上から降り積もる雪に押されて堅くしまっていきます。べたべた雪地域が雪どけ水におおわれることによってできるざらめ雪で特徴づけられるとすると、さらさら雪地域は、固くしまた雪(「しまり雪」と呼んでいます)で特徴づけられると言うことができます。また、雪の温度もマイナスのことが多く乾いています。そこで、真冬に雪が乾いていて、しまり雪がよく発達する地域を「乾き雪(さらさら雪)地域」と呼ぶことにします。

二つの地域の違いは気温で決まる
 これまでに述べた二つの地域の違いは何によって決まるかを考えてみます。そこで注目したいのは、雪がとけるところが雪の表面、すなわち空気と雪が接しているところだということです。雪は主に気温と日射によって表面からとけていきます。日射も気温に反映されるので、雪がとけるかどうかは、求めやすい気温に注目するとよいことになります。これに対して、表面で融雪が起こることから、その下の雪の量である積雪の深さはほとんど影響しないということです。したがって、二つの地域の違いは、真冬の気温で決まると考えてもよいことになります。真冬というと、ほとんどの地域で1月の下旬から2月の初めにかけて最も寒い時期を迎えるので、この頃の気温を使うのが良いのですが、あまり一般的ではありません。世界中のさまざまな地域の雪も分けたいので、月平均気温のようにどの地域でもよく求められているものが良いと考え、最も寒い月の平均気温として1月の月平均気温の平年の値を使うことにしました(2月に最も寒い場合もありますが)。  そこで、数年間最も寒い頃に冬の気温の異なる地域の雪を広範囲に調べて、どのあたりで雪がぬれていて、どのあたりから乾いた雪になるかを調査しました。詳しいことは省いてその結果だけを述べますと、1月の平均気温が0℃をわずかに上回るとその地域は「湿り雪(べたべた雪)地域」に、マイナス1℃をわずかに下回るあたりからより寒い地域は、「乾き雪(さらさら雪)地域になることがわかりました。そして、この間の気温の地域は、どちらともいえないので両者の中間的な性格の地域として、新たに「中間地域」として区分しました。

しもざらめ雪地域
 さて、ここで日本の雪質を考えるで重要なもう一つの雪を紹介します。それは、しもざらめ雪です。「しもざらめ雪」とは、聞き慣れない言葉かもしれません。実際、富山の周辺でこの雪を見ようとしても、見つけることはできません。この雪は、寒くて雪の少ない地域の積雪の中にしかできないからです。気温が低くて雪が少ないと、積雪の上部は冷たい空気で冷やされるのに対して、下部は雪の保温効果で比較的暖かいので、上下に大きな温度の差ができます。すると、いたるところで相対的に暖かい下部で蒸発した水蒸気が上部の冷たい雪粒に霜となってつき、全体がもろく弱い雪となります。これがしもざらめ雪です。

写真2.しもざらめ雪
写真をみてもわかるように冷蔵庫につく霜とよくにています。寒い地方でないとこんなことは起こらないので、もちろん雪は乾いているのですが、前に述べた乾き雪地域にように堅くしまった雪ではなく、もろく掘りやすい雪になるので、積雪のほとんどがしもざらめ雪で占められる地域を「しもざらめ雪地域」として区別することにしました。べたべた雪やさらさら雪と同じような表現を使うなら、「がさがさ雪」とでも呼ぶのがふさわしいかもしれません。この地域は気温と積雪の二つの要素によって区別されます。すなわち、気温が低く雪が乾いている地域の中で、気温が低く雪が少ない地域がしもざらめ雪地域に、雪が多くなると乾き雪地域に分けられるわけです。このあたりでは見あたらないと述べましたが、大陸の内陸部は低温・少雪なので、ほとんどがこの雪で占められています。世界の雪を地域分けすると、大陸は広大な面積をもつことから、最も大きな面積を持つのがしもざらめ雪地域だと考えられます。








日本の雪国を分ける
 さて、今までに述べてきた合計4つの雪質の地域が日本の雪国にどのように分布しているかを推定したものが図1です。
 富山の雪とおなじ湿り雪地域は、日本海沿いには庄内平野より少し北まで、それより北は秋田平野が中間地域になり、さらに北は乾き雪地域になっています。北陸地域でも海岸の平野部は、湿り雪地域ですが、内陸や山間部に入っていくと中間的な雪から乾き雪に変わっていくことがわかります。北海道はすべて乾いた雪の地域ですが、東部にはかなり広い範囲にしもざらめ地域が広がっていることがわかります。日本で大陸の内陸部のような冬を見るのならこの地域に出かけると良いことがわかります。本州のしもざらめ雪は、北上盆地の一部や、ややまとまって長野県の軽井沢付近の佐久盆地などにみられますが、後者は標高が高く寒い地域にあるしもざらめ雪地域です。  この雪質地図に雪の量を重ね合わせて考えると、日本海沿岸地域のように雪の量が多い所で、湿り雪地域から中間地域の雪質の所がかなり広いことがわかります。例えば北陸の山間地の豪雪地域がだいたい湿り雪地域から中間地域に入っています。そこでは、多くの人々が暮らし、湿って重い1メートルを越える雪の中で生活が営まれているわけですが、これは積雪地域としては比較的温暖なのに多雪であるという世界的に見ても珍しい日本の雪国の特徴の一つです。


雪の質と生活
 例えば富山のように道路に水をまいて雪をとかすのは、湿り雪地域だからできることです。おそらく寒さの厳しい雪国に住む人に、冬道路に水をまくなどと言うと「信じられない」という答えが返ってくるでしょう。また、湿り雪地域では風で雪がまう地吹雪はめったに起きませんが、雪が乾いてくると起きやすくなります。国道7号線を日本海に沿って北上すると、新潟県の北部から庄内平野に入ると地吹雪に対する対策としての暴風柵が道路の脇に出現します。秋田県横手のかまくらは全国的にも有名ですが、このかまくらを富山で作っても気温が高いためにすぐに変形して形くずれしてしまいますが、北海道のように極端に寒い地域で作ろうとすると雪同士の結合が悪く水を使って接着しないとできにくいでしょう。そう考えると、秋田平野のような中間地域から、それより少し寒い所の雪質が良いのかもしれません。また、北海道のしもざらめ雪の分布地域とミヤコザサの分布域はよく一致しているといわれています。雪が少なく寒いしもざらめ雪地域は雪の保温効果が期待できず低温に弱い植物には厳しい環境ですが、このササは生きています。さらに、北海道産の馬ドサンコは、このササを餌にして自然放牧されているので、しもざらめ雪地域とドサンコの放牧域も重なっています。餌のササが生えている上に、雪が少なくもろいことも、この馬が餌を掘り出すのには好都合なのでしょう。


おわりに
 雪は生活や文化、あるいは動植物の分布に大きな影響を与えていると考えられます。今までは、雪を主に量の面に注目して考えられてきましたが、ここで紹介した雪の質を合わせて考えると、雪国の違った面が見えてくるのではないでしょうか。この地図を見ながら思いついたことがありましたら、是非私に知らせて下さい。今は、温暖化によってこの雪国のようすががどのように変わっていくかを考えています。これもある程度まとまったらお話しようと思います。


(物理担当 いしざか まさあき)
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最終更新 2008-03-25
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