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とやまと自然 第20巻 春の号(1997年)
フンを食べる昆虫たち

小杉 潤

◆はじめに
 昆虫の中には「糞虫」と呼ばれる虫たちがいます。これはおもに動物のフンを食べる食糞性コガネムシのことをいい、一般に糞虫と呼ばれています。フランスの昆虫学者「ファーブル」が研究したタマオシコガネ(別名、フンコロガシ)もこの虫の仲間です。
 糞虫の仲間は日本では130種あまりが知られています。その多くはタマオシコガネのようにはフンを転がすことはありませんが、このうちマメダルマコガネやセンチコガネの仲間でフンを転がしたという報告例もあります。
 日本にすむ糞虫は体長2ミリぐらいから、大きなものでもせいぜい3センチぐらいしかない小さな昆虫です(写真1−3)。フンを食べることと、このように体が小さいこともあるのか、その存在はあまり知られてはいません。多くの種類は頭部が平らになっています。これは糞虫の特徴と言っても良く、他のコガネムシのグループには見られないものです。また、前肢(前足)も体のわりに太く、しかも熊手のようになっています。これは土を掘ったり、フンの中にもぐりこんだり、おいしそうな部分をかきとったり、選り分けたりするのに都合よくできています。

写真1.フチケマグソコガネ
体長 5mm
写真2.クロマルエンマコガネ
体長 7mm
写真3.センチコガネ
体長 15mm

 分類の上では、フンを食べることからコガネムシの中でも「食糞群」というグループにわけられていますが、広い意味ではカブトムシと同じ仲間と考えて良いでしょう。30年程前私が幼い頃は、まだ県内でも農家で牛が普通に飼われていました。その頃、隣家で飼われていた牛のフンや敷ワラを集めた「堆肥」を掘った時に、握りこぶしほどの大きなカブトムシの幼虫がゴロゴロと出てきて驚いた記憶があります。同じ経験を持つ方もきっと多いのではないでしょうか
 このように、カブトムシの幼虫が腐ったワラや牛フンを食べることを考えれば、糞虫も同じ仲間と言っても言い過ぎではないでしょう。ですから、糞虫の中にはカブトムシのようにいかつい角を持っている種類もたくさんいます。ただ、カブトムシと糞虫の一番大きな違いは、前者は成虫になると樹液を、後者は幼虫時代と変わらない獣フンを餌にしていることです。また、センチコガネの仲間では、金メッキをほどこしたような、強い金属光沢を持つ種類もいます。それは「生きた宝石」といってもいいくらい美しいもので、あらためて自然の妙に驚かされます。

◆糞虫の生態
 フンを食べるとは想像するだけでも何だかゾッとしますが、彼らにとっては大切な食糧です。では、動物のフンを餌とすることにどんな有利なことがあるのでしょうか。動物のフンを茶こしなどで水洗すると、驚くほど多くの未消化物が残されていることがわかります。フンを餌として利用することで比較的楽に、しかもほど良く消化された食物を手に入れることができるのでしょう。
 動物がフンをすると糞虫はどこからともなくやってきます。あるものはフンの中にもぐりこみ、あるものはフンの下にトンネルを掘ってその中で食事をはじめ、またあるものは幼虫のためのフンダンゴをこねるなど、彼らの仕事がはじまります。そしてさいごの仕上げに産卵した後、再び次のフンを求めて飛び立ちます。ダイコクコガネの仲間には幼虫が無事成虫になるまで世話をやく種類もいます。こうしたフンの埋め込み作業は何日も続けられ、数日の後にはフンは地上からほとんど姿を消してしまいます。地中のフンに産卵された卵からは幼虫が孵化し、幼虫はフンを食べて育ちます(図1)
。  糞虫のフンの処理方法は、多くの種類はフンに直接もぐりこむことはなく、たいていフン直下、つまり裏側にトンネルを掘り、下から上へフンを食べ、あるいはトンネル内にフンを運び入れます。道端でフンを見つけても、そこに糞虫がきているかどうか上から見ただけではわかりません。フンをひっくり返してはじめて彼らの存在を確認できます。なぜ、彼らはこのような利用の仕方をするのか、私は長いこと単に外敵から身を守るためだけなのだろうと思っていました。ところが実はそうではなく、新鮮なフンを利用するために裏側から利用していたのです。このことは、子供がロールパンを裏側からほじくりだして中身を食べているときに気がつきました。
 動物から排泄されたフンはしばらくすると表面が乾燥し、かたくなります。そして少しぐらいの雨では溶けなくなります。おかげで裏側や内部は何日たっても新鮮な状態を保ち続けるので、彼らはフンの裏側から利用していくのです。そして、最後には外側のかたくなった皮のような部分だけが残ります。

◆小さな虫の大きな働き
 自然界では彼らはフンばかりでなく、吐きだした物や時には動物の死骸までも食べるなど、とても重要な働きをしています。このようなことから彼らは「掃除屋」とも呼ばれています。では、この地上から糞虫たちがいなくなったら、日本中フンだらけになるのか、というとそうではなく、ハエやシデムシのほかフンを餌として利用できる昆虫はまだまだいるので、きっとそのようなことにはならないでしょう。ただ、その処理能力はやはり糞虫が最も高いと言えるでしょう
。  実は私たちも彼らのこうした「仕事」に大きな恩恵を受ています。それは放牧の衛生管理上、家畜から排泄されたフンを処理してくれるからです。それは放牧草地におけるフンの肥料としての有効利用、フンから発生するノサシバエなどの防除に大きな効果があります。実際に、放牧業の盛んなオーストラリアでは、それまでカンガルーなどの有袋類のフンを食べる昆虫はいても牛フンを食べる糞虫はおらず、フンの処理が大きな問題となっていました。そこで世界各地から処理能力の高い糞虫を導入したことで、大きな成果をあげているそうです。

◆糞虫の探し方
 糞虫は動物のいるところ、海辺から高山にいたるまでどんなところにでもすんでいます。最も多いのは放牧地のように動物を多く飼育し、しかも彼らの幼虫が育つことができる環境がある所です。また、多くはないものの、街中の公園などでもその姿は見られ、私たちに身近な昆虫のひとつといえるでしょう。県内では、彼らはおおむね3月末頃から活動をはじめ、初夏にピークとなり、11月には活動を終え、冬期には見られなくなります。
 では、糞虫と会うにはどうすればいいのでしょうか。天気の好い春の野山を歩いていると、実にたくさんの糞虫が飛び回っているのを見ることができます。運良く動物のフンを見つけたら、棒きれなどでそのフンをひっくり返すとフンの下で食事をしている糞虫を見つけることができます。また、野山へ行かなくても近くの公園や農道、川べりの道など、犬の散歩コースになりそうな場所を歩いてみます。するとそこには、マナーの悪い飼い主が置き去りにした犬のフンがあります。これを一つ一つひっくり返して調べます。野山へ出かけたときにはハイキング客の残した人フンを調べてみるのもいいでしょう。
 私の経験から言えば、犬よりも人のフンの方がよりたくさんの糞虫が集まるようです。ただ、犬のフンや人フンをひっくり返したり、ほぐしてみるなどという行為は尋常ではなく、人通りの多い場所ではひかえたほうがいいかもしれません。
 しかし、どこにあるのかわからないフンを探すというのは大変な作業です。天候が悪い日に出かけるというのも億劫なものです。そこで、このような昆虫を捕らえるには普通、わなを仕掛けます(図2)。わなといっても特別なカラクリがあるわけではなく、ジュースの空缶1個とシャベルがあれば十分です。作り方は缶の飲み口にあたる天井部分を缶切りで切りぬき、コップ状にします(紙コップを使用しても良い)。次にこの中に餌となる動物のフンを少量入れます(自分のフンでも良い)。これを地面すれすれに埋め込んで、あとは虫がやってくるのを待ちます。普通、1〜2日間そのまま放置して、缶ごと回収し、缶の中に飛来した糞虫を採集します。このようなわなを「ベイトトラップ」といい、糞虫ばかりでなくシデムシ、オサムシなどを採集する時にも使用します。

◆糞虫を調べる
1.フンを選ぶ糞虫
 動物には牛や馬のように植物食、サルやイノシシなどの雑食の動物、トラやライオンなどの肉食というように食性の違いがあります。従って彼らの排泄するフンの中身も違ってきます。これまでの糞虫の研究から、糞虫は動物のフンなら何でも良いというわけではなく、糞虫の種によってある程度フンの好みもあるということがわかっています。
 私が働くファミリーパークのような動物園にはたくさんの飼育動物がいます。園内にすむ糞虫たちも、この動物が出すフンに多数集まってきます。一体園内には何種類ぐらいの糞虫がいるのか過去に調査した時、園内には約10種の生息が確認されました(表1)。この調査時に使用した動物のフンはカモシカとタヌキのフンでした。飛来した糞虫の中にはタヌキのフンにしか来なかった種、どちらかといえばタヌキのフンが好きな種、どちらでも良い種と、やはり好みがあることがわかりました。

表1.園内で確認された食フン性コガネムシ(1988)
マグソコガネAphodius rectus
フチケマグソコガネAphodius urostigma
マグソコガネSp.
クロマルエンマコガネOuthophagus ater
カドマルエンマコガネOuthophagus lenzii
コブマルエンマコガネOuthophagus atripennis
ツヤエンマコガネOuthophagus nitidus
センチコガネGeotrupes laevistriatus
ムネアカセンチコガネBolbocerosoma nigroplagiatum
チビコブスジコガネTrox scaber

2.ノウサギのフンは嫌い?
写真4.好まれない?
ノウサギのフン
 園内には飼育動物だけでなく、ノウサギ、テン、タヌキなどの野生動物もすんでいます。園内を歩いていると、糞虫たちはこのような野生動物のフンにも飛来している姿を見つけることができます。ところが不思議なことに、ノウサギのフンに糞虫が来ているのを一度も見たことがありませんでした。
 昔からカイウサギ(アナウサギ)の尿には虫をよせつけない忌避作用が(虫をよせつけない物質が含まれている)あるといわれています。これがフンについても言えるのか、それとも別の理由でノウサギのフンが好まれないのか、イノシシ、シカのフンを使って比較調査をしました。調査方法は、この3種の獣フンを別々に入れたベイトトラップを園内の調査地点と定めた場所に設置、2年間調査しました。  その結果、やはりノウサギのフンがもっとも好まれず、次いでシカ、イノシシの順となりました。しかし少数ながらノウサギのフンにも糞虫は飛来しています。そこでこの3種の獣フンを餌として糞虫を飼育してみることで、ノウサギのフンの何が問題なのかを確かめてみました(図3)。
 10日、20日、30日と10日ごとに地中の様子を調べた結果、どのフンでも糞虫たちの産卵あるいは幼虫の発育が確認されました。ところが、地中に作られた坑道はノウサギのフンでは非常に崩れやすく、逆にイノシシのフンではほとんど崩れることはありませんでした(図4、5)。

図5.採取個体数
1991ノウサギシカイノシシ
カドマルエンマコガネ5214
クロマルエンマコガネ4211
コブマルエンマコガネ005
ツヤエンマコガネ015
センチコガネ246
61個体
1992ノウサギシカイノシシ
カドマルエンマコガネ0827
クロマルエンマコガネ0614
ツヤエンマコガネ108
64個体

 糞虫は地中に坑道を掘る際、坑道の内壁にフンをぬりつけて崩れないようにしますが、どうやらノウサギのフンではこの作業がしにくいのであろうと思われました。そこで、それぞれの獣フン100gを3日間風乾燥させて重さを測ったところ、ノウサギのフンがもっとも重いことがわかりました(表2)。つまり、ノウサギのフンは水分が少なすぎて、加工しにくいということも好まれない理由のひとつだと考えられます。一方、先に述べた尿の虫をよせつけない物質(馬尿酸と推定されている)がフンにも含まれているのかどうか、残念ながらこの調査では確かめてみることはできず、これは今後の課題にしたいと思います。

表2.100gあたりのフンの乾重量
イノシシ32.8g
シカ37.6g
ノウサギ58.0g


◆糞虫学の楽しみ
写真5.ためフンをする
カモシカのフン場は
糞虫たちのレストラン
 糞虫をはじめ、ゴミムシやオサムシなど、汚物に集まる昆虫はなぜかうっとりするような美しい種類が多いのです。それはごみの山から宝石を探す感じによく似ていて、不思議な楽しさがあります。おかしなことに、こうした昆虫につきあっているとフンは汚いものではなく、糞虫のように大切な餌として見えてきて、どんな部分がおいしいのか、なんとなくわかってきます。また、道端でフンを見つけると糞虫が来ているかどうか、ついそれをひっくり返してみたくなってしまいます。
 私は糞虫のことをもっと知りたくてこの昆虫の調査をはじめました。結果は前述のように大したものではありませんでした。逆に、オスとメスがどこでどのように出会うのか、同種あるいは異種間でフンをめぐる競合は起きないのか、フンの種類による成長の速さに違いはあるのか、糞虫が多いということは野生動物も多いのか・・・など、結果としてわからないことがよけい増えてしまいました。つまり、自然界のしくみは私たちが理屈で考えているほど単純なものではなく、まだまだわからないことだらけなのです。糞虫学の楽しみは、糞虫をとおしてこのような自然界の仕組みを、ひとつひとつ調べていくことかもしれません。


((財)富山市ファミリーパーク公社 こすぎ じゅん)
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最終更新 2008-03-25
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