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加賀藩天文和算測量関係者人名索引




三池流算術
三池
市兵衛
山本
彦四郎
西永
廣林
下村
幹方
村松
秀允
宮井
安泰
宮井
光同
(大坂:宝永・正徳)                    
                  馬淵
文邸
柴野
美啓
                       
                      瀧川有叉
(瀧川流へ)


   名前 通称 生没年 略歴
安達公績 弼亮 不詳 測量家遠近道印の流れを組む富山藩士。
   有沢致貞 惣蔵 1689-1752 兵法・測量法で知られる。暦本抄を執筆。
   有沢盛貞 平次右衛門    有沢致貞の養子。宝暦八年、「き知時」という日時計を製作した。
   池田彌十郎       天明四年、幕府測量方助手となる
   石黒信由 藤右衛門 1760-1836 越中射水郡の和算家、測量家
   石黒信基 藤右衛門 1836-1869 石黒信由のひ孫、彗星観測など行う。  
   遠藤高m(準備中) 数馬 1784-1863   文政期以降の加賀藩の科学活動のリーダー
   大橋成之 作之進    西村太冲の門人。後の壮猶館の創始者
   遠近道印 藤井半知 1628-? 元禄期の測量家。加賀藩に測量を伝えた。富山藩の藩医でもある。
   小原一白 治五右衛門 1764-1813   西村太冲の親戚で門人です。渾天儀を作りました。
小原(加藤)時雍 九八郎 ?-1859   西村太冲の高弟。幕末に壮猶館で講師となる。
   河波有道 豊太郎 1822-1890 江戸で勉強の後、渾天儀を改造しました。
   北本 栗 半兵衛 1832-1886   内田五観に関流の算学を学び、略暦を発行しました。
   日下自明 理兵衛    石黒信由の門人。西村太冲らとともに金澤分間絵図の作成に従事しました。
   倉谷哲僧    1802-1883   渾天儀、須弥山儀を所蔵する二日市の誓入寺の第十三代住職
   河野通義 久太郎 1792-1851   西村太冲をはじめ、国友藤兵衛、足立信頭などと交流がありました。
   近藤信行 兵作 1800-1873   西村太冲を先生と呼んでいるので、太冲の弟子の可能性もあります。
柴野美啓 優次郎 ?-1847   天保六年のハレー彗星の観測を行いました。
た   茶室実寿 康哉    西村太冲の門人。河野通礼の門人。
   寺西秀周 要人 1802-1883   自邸を観星楼と名づけ、天保四年の日食、天保六年のハレー彗星の観測を行いました。
   栂森観亮    1846-1889 明治の高岡の人で、回照儀と呼ばれる日時計を考案した。
な   西村篤行 太冲 1767-1853   当代を代表する天文暦学者の大阪の麻田剛立の弟子。詳細バージョンに飛びます。
は   早川正身 理兵衛    西村太冲、河野通義とともに金沢の測量を行っています。
   本多利明 三郎右衛門    有名な経世家です。加賀藩には天文に通ずる人として招かれました。
   本保以守 十太夫 1725-1794   西村遠里の弟子で、寛政四年には明倫堂の講師となっている。
ま   松田東英    ?-1847   眼科医師で、望遠鏡の製作者。 
   三角風蔵 庄右衛門 1784-1868   本多利明の弟子で、測量、算学に強かった。地球の直径を測量し、計算して求めた。  
   宮井安泰 柳之助    本保以守の弟子で、測量術、天文暦学を学んだ。
   宮井光同 柳之助    宮井安泰の子供。
   宮北敬典       小原時雍の弟子、西村太冲の歳実消長法を伝授される。 
   村松秀允 金太夫    三池流算術。
や  米室白裕       西村太冲の弟子。土御門触頭。新制平天儀を著す。  


職  人


職種 名前 略歴
飾屋 安兵衛 測き盤をつくりました。
飾屋 清六 測き盤をつくりました。
時計師 與右衛門 正時版符天機を作りました。
時計師 治助 慶応年間に正時版符天儀を作りました。
時計師 鍋屋万助 高樹文庫の古文書に「時計師」として記されています。





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作成 2001
最終更新 2004-05-17
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