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西村太冲関係年表




西村太冲の簡単な年表です。詳しい年表は2000年に河崎倫代氏が作成されています。

西暦 西村太冲のできごと 加賀藩・日本のできごと 年令
明和4年 1767 城端に生まれる。    
天明3年 1783 京都に行き、西村遠里に入門。     
天明7年 1787 9/22 西村遠里没。太冲、西村姓を嗣ぐ。     
寛政元年  1789 この頃、剛立太冲の入門を許す。     
寛政4年 1792   加賀藩、藩校明倫堂を開く。   
寛政5年1/16  1793  月食観測。高橋至時等とともに大阪で観測。     
寛政5年7/15  1793  月食観測。城端曇天。     
寛政6年  1794    本保以守没。   
寛政6年1/16 1794  月食観測。城端曇天。     
寛政6年12/1  1795  日食観測。城端曇天。     
寛政7年6/16 1795  月食観測。城端にて。     
寛政7年12/1    日食観測。城端曇天。     
寛政7年      高橋至時、間重富、暦学御用で江戸へ行く。   
寛政8年11/16   1796    小原治五右衛門の月食観測(垂球使用)。   
寛政9年10/19   1797    寛政の改暦宣下  
寛政9年  1797  京都 茶室康哉 太冲の門人となる。     
寛政11年1月  1799  太冲、加賀藩に召され、明倫堂の講師となる。           
寛政11年5/2   1799    麻田剛立没。   
寛政12年4/1  1800    日食観測。金沢にて。沢田吉左衛門、小原治五右衛門             
寛政12年  1800  加賀藩を辞し、毎年黄金五両を賜る。               
亨和2年2/16  1802  16 月食観測。城端にて。小原治五右衛門手伝い。     
亨和3年  1803  関ヶ原の伊能忠敬に小原治五右衛門一白が会いに行き、北陸測量の手伝いを申し出る。伊能は加賀藩に申し出るが藩は拒絶する。  石黒信由、放生津で伊能に会う。   
文化元年1/5   1804    高橋至時没。    
 文化元年6/17    月食観測     
文化元年12/15    月食観測     
文化4年  1807  彗星観測か?     
文化5年10/1  1808  日食観測。     
文化8年  1811  太冲至孝を賞され、黄金若干を賜る。               
文化8年8/1-10/26   1811  彗星観測?   
文化9年  1812    小原治五右衛門一白、渾天儀を造る。    
文化10年  1813    小原治五右衛門一白没。   
文化13年3/24   1816    間重富没。   
文政2年3/16  1819  月食観測     
文政4年1/13   1821  加賀藩に医員格となり、十五人扶持を賜る。     
文政5年  1822  金沢測量開始     
文政5年12/15  1822  月食観測 金沢     
文政6年  1823  時法の改革。     
文政7年12月 1824 時法の改革失敗    
文政8年8/11-9/7 1825 遠藤高mらとともに彗星観測    
文政8年 1825 時法の改正再令    
天保元年12月末まで 1830 約9年間金沢市街実測に従事した。    
天保2年 1831 気朔暦天覧に入る。    
天保3年2月 1832 遠藤高のりに麻田剛立先生歳実消長法(写本)を預けた。    
天保6年5/21 1835 金沢にて没。    



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作成 2001
最終更新 2007-07-12
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