ハナバチ相を知るということ

 

 

ハナバチとは 

 「ハナバチ」とはあまりなじみの無い名前であろうと思われるので、ハナバチの説明から始めよう。

 どんな昆虫嫌いでも、ミツバチはご存じだと思う。ハナバチはこのミツバチの仲間の総称である。ミツバチは花を訪れ、自らの食事用にまた子供の食事用に、花蜜を集め花粉を集める。ハナバチの仲間もその全て(一部の労働寄生性の種は別として)が、花蜜を集め花粉を集める。そのためには、かならず花を訪れねばならない。そこで「花蜂」というわけである。

 蜂の仲間は非常に大ざっぱに分けるとすると、キバチ(木蜂)・ハバチ(葉蜂)の仲間、ヤドリバチ(寄生蜂)の仲間、カリバチ(狩蜂)の仲間、アリ(蟻も蜂である)の仲間そしてハナバチ(花蜂)の仲間に分けられる。

 どの仲間も花にはやってくるが、幼虫・成虫ともその食事を花蜜と花粉に依存しているのはハナバチ(これは労働寄生性の種でもそうである)のみであり、そのおかげで花粉媒介者の主要メンバーとなっている。

小は3mmから大は30mm近くまで大きさもさまざまで、春先早くにのみ見られるものから秋遅くに見られるものまで現れる季節もさまざまである。また、一匹で地面に坑を掘って巣とするものから、集団で樹洞に巣をかけるものまで、巣のありかたもさまざまである。

世界中で2万種ほど知られており、日本では約400種、富山県では90種ほど記録があるが、まだどれだけの種がいるのかよくわかってはいない。名前も付けられていない種がまだ多くいる。

 

なぜハナバチ相を調べるのか

 ある一定地域にすむ○○全ての種をまとめて○○相と呼ぶ。○○が昆虫全てなら昆虫相であるし、生き物全てなら生物相である。そこで表題の「ハナバチ相」であるが、要するにどんなハナバチがいるのだろうかということである。

 なぜそんなことを調べるのか。上にも書いたが、ハナバチは花粉媒介者の主要部分を占める。顕花植物の多くが花粉媒介をこのハナバチに頼っているのである。ハナバチは花に、花はハナバチに互いに頼り頼られる相互適応がここにはみられる。また、一方、巣を作り幼虫を養うハナバチの生活は、単独生活から発達した家族生活まで、多様な展開がみられる。これらの比較もたいへん興味深いものである。

 地域のハナバチ相を知り、各種の訪花性や季節消長を、種類構成のみでなくその相対頻度もあわせて知ることは、各種の生活史や種間相互の関係をさぐる基礎となる。 花とハチの関係の一部分でも判明すれば、生物群集のありかたの一端を知る手がかりとなるだろう。くわえて、日本の生物地理学への資料として、各地のハナバチ相の比較から日本のハナバチ相の一般性と地域の特性とを知る基礎ともなる。

 もう一つ、現在の生物相の記録の意味がある。知ってのとおり、現在、自然の様相は人の手で急速に変化させられ、多くのものが生息地から消滅している。また、人為による急激な変化のみならず、自然は自然状態においても変化している。それを知るためにも現在の記録は必要なものである。

 と、いろいろ書いたが、以上のこれらの理由はいわゆる公式見解というものである。

 単純に何がいるのか知りたい。これが最も重要である。ナチュラル・ヒストリー(博物学、自然誌または自然史などと訳す)の精神の要は全てを数え上げ記述しつくすところにある。自然を相手にする者にはこの精神が必要と思われる。とにかく、なにがいるのか判らなければ始まらない。

 

どうやって調べるか

 さて、そのハナバチ相をどうやって調べるか。蝶のような大きな昆虫でも、捕らえてみなければ種名が分からないものがある。まして、数mmの小型の昆虫で、しかも、結構速く飛び回り、似た種がたくさんいるハナバチでは、採集し、標本にし、双眼実体顕微鏡の下であれこれとひねくりまわしてようやく種名が判る(これを同定という)。いや、判らないことも多い。上に書いたように、ハナバチではまだ名前も付けられていない種がまだあるからだ。とにかく野外で眺めているだけでは種名は判らない。

 まず採集しなければならない。一番確実なのは巣を見つけることである。しかし、これが実にむずかしい。何年かかろうが地域のハナバチ全種の巣を見つけるなぞ無理な相談である。

 しかし、ありがたいことに、ハナバチは必ず花に来るので、花を自然のトラップとして利用し、待ち伏せすればよい。採集自体は簡単だ。捕虫網で一掬いである。

 では、まんぜんと出かけて目につくハナバチを捕らえてそれでよいであろうか。

 花にも多くの種類があり、咲く時期や期間もさまざまだ。ハナバチも特定の時期のみ見られる種や特定の花のみに来る種もいるだろう。

 ハナバチのシーズン中(有り難いことに冬は出てこない)、ハナバチの出現する時間に(今のところ日本では夜出歩くハナバチは知られていない)、できるだけ間隔を短くして定期的に全ての花を見回り、目撃された全てのハナバチを採集する。これが一般的なやり方というものだろう。 

 まずは、手近でハチも多く居そうな所、呉羽丘陵の城山を調べることにした。

 できれば、毎日毎日、一日中採集できればよいのだがそうもいかない。仮にそのようにすると、ハチに大きな影響を及ぼしかねない。毎週1回とも考えたのだが、毎週1回しかも晴れた日に出かけなければならない(ハナバチは種類にもよるが一般に天候に敏感で少し曇ったりすると直に活動が鈍る)となると、予定日が晴れるとは限らないのでほとんど一週間まるごと空けておかねばならないことにもなる。これも少々むずかしい。

 月に3回それも採集日の間隔を均等になどどいうこともあまり気にせず(ほんとは間隔が均等なのが良いに決まっている)出かけられる日にでかけることにした。量的な事柄も知りたいので(絶対量を知るなど不可能なので相対的な多少だけであるが)朝9時から午後3時までと時間を決めて、巡回ルートも尾根筋の遊歩道と車道の一定ルートにし、一筆書きで巡れるものにする。その巡回ルート上をできるだけ一定速度で歩き、開花植物を訪れているハナバチを見つけしだい採集する。それを持ち帰り標本にし、同定する。同定に手間がかかるにしても、また、ほぼ一日じゅう採集してまわるというのも少々つらいが、まことに単純で簡単な調査でハナバチ相とその相対頻度や訪花性が判ってしまうはずであった。

 

実際にやってみると

 物事は、なかなか考えたとおりにはいかないものだ。週間天気予報で採集日をこの日と予定していても予定通り良くなるとは限らない。ずるずると悪い日が続き、また、さまざまな予定が入り込んできて、採集日がままならない。月3回のはずが2回になってしまったりする。朝天気が良く採集に出ても、だんだん曇り午後には雨なんてこともある。

 花がたくさん咲いていた所が次に行くとすっかり刈られてしまっていることもある。花の多寡で採集時間も長短ができてしまう。群落を作る花に目を奪われ、足元の小さな花はもちろん頭上の木の花を見逃してしまうことが多々ある。小さなハチが花の中に潜り込んでいると見落としてしまうし、すばやく飛び回る大きなハチは見落とされないが採集しそこなうことがある。捕虫網の届かない高い樹木などではたとえハチがいることが判っていても採集できない。

 長時間の注意の集中がなかなか続かず、特に夏など気力が続かない。こんなことできちんと調べたことになるのかと思いながらも、継続は力なりと言い聞かせて、とにかく続ける。

 調査結果が実際をどれだけ反映しているか、などというややこしいことは、最後に考えることにしよう。

 

調査の結果

 4月17日から10月7日まで16日間、やむをえず天候の悪い日にも採集したこともあったが、なんとか一年を通じて調査を行った。

 全部で、1335個体67種のハナバチが得られた。それに、見つけても採集しなかったミツバチ類(ニホンミツバチ、セイヨウミツバチ−これは飼育されているミツバチだが−)を加えて69種となる。

 1回の調査日あたりの個体数、種数は平均84個体15種であるが、調査日によって採れた個体数には大きな差がある。最も多い日は約230個体も採れているが、少ないときには20個体ほどしか採れない。春と秋に個体数が多くなり(9月下旬に最も多かった)、夏には少なくなる。種数は個体数と連動はするが、個体数ほどの変動は無く、多い時で24種少ない時で8種である。季節的な変動もあまり無く、夏にすこし少なくなる程度である。

 最も個体数の多かったのはヤマトツヤハナバチで全個体数の約1/4がそうであった。次いでマメヒメハナバチ、ニッポンチビコハナバチが10%程度、アカガネコハナバチ、キオビツヤハナバチ、バラハキリバチモドキが5%程度と続き、これらを合わせると60%程にもなる。

 ヤマトツヤ、ニッポンチビ、アカガネ、キオビツヤはシーズンを通じて見られるが、マメヒメは春から初夏に、バラハキリモドキは夏から秋に見られる。やはり個体数の多い種はシーズンを通して見られるものが多いが、多い種が全てそうとは言えない。採集個体数の少ない種では出現時期は明瞭には判らない。

ハナバチの訪花を確認できた植物は51種で、そのうちキク科の植物が最も多く14種あり、全採集個体の約40%がキク科植物の花上で採集されている。このキク科にマメ科(5種)を加えると半数以上になる。キク科の中でもニガナとヒメジョオンがともに約10%と多い。ヒメジョオンは帰化植物であるが、すでにハナバチにとって重要な植物となっているようである。シーズンを通じて見られるハナバチは、当然多種類の花を訪れ、それらの植物の花粉媒介に一役かっているものと思われる。

 

結果は実際をどれだけ反映しているのか

結果をそのまま信じて、今回の調査結果が呉羽丘陵城山のハナバチ相であり、多く採集された種がそのまま多い種だとしてもよいだろうか。簡単にそう言ってしまうには問題が多々ある。

 まず第一に、いったい調査されたのはどの範囲なのだろうか。歩き回って花を見回った範囲が調査範囲とは簡単には言えない。採集した場所は他から隔離されているわけではない。歩いた場所はほとんど線上で、ある面をくまなく巡ったわけではない。ハチは巣のある場所から花まで飛んで来るのだが、その距離は種によって違い、マルハナバチ類のように数kmも飛ぶものから、小型の種ではせいぜい2〜300mくらいしか飛ばないものあり、また歩いた所に巣があるものでも他所へ飛んで行くものもあるにちがいないからである。

 しかし、今回の採集ルートの左右は一応林になっており(後に広く伐採されてしまったが)、開花植物や開花量も採集ルートよりは少ないと考えられ、ハナバチも林の中ではほとんど採集できない。

 それで、少々無理があるにしても、一応、呉羽丘陵城山の尾根筋の(範囲は明確には示せないものの)ハナバチを調べたと言えるのではないか。だが、調査は尾根筋のみであり、山麓や中腹での調査はなされていないので、城山のハナバチ相を代表するとまでは言えないであろう。

 次に、調査された時期はどうだろうか。一応、春から秋までハチのシーズンはカバーしたつもりであるが、始めた日また最後の日にも結構採集個体数は多く、より早い時期またより遅い時期に出現する種も存在する可能性がある。また、採集時間にしても、一般的にハチの多く出現する時間には行ったが、まだハナバチの日周活動はよく知られてはおらず、夕暮れ飛翔など行う種があるかもしれない。しかし、もしいたとしてもごく限られてはいるだろう。

 さて、今回得られた67+2種で呉羽丘陵城山尾根筋のハナバチ全てであろうか。この69種が調査時にいたことは確かである。しかし、採集できなかったもの、見落としたもの、出現期を外してしまったものなど採集もれがあるはずである。

 あとどれくらいの種が追加される可能性があるだろうか。種々考慮すると20種程度は採集もれがありそうである。採集頻度と採集率とは当然関連があり、過去の経験や他所の調査から考えると、採集頻度が毎週一回(全て天候の良い日に行われたとしての話だが)だと予想される全種類のだいたい85%程度、毎月二回だと70%程度、毎月一回だと60数%程度が得られるようである。二ヶ月に一回だと半分ほどである。100%得ようとすると、やはり毎日でも出かけねばならないかもしれない。

各種の相対的頻度はどうであろうか。多く採れた種がほんとに城山で多いと言えるのであろうか。

 その前に考えねばならない事がある。ハナバチの真の頻度とは何かということである。個体数の比較でよいのだろうか。ハナバチには独居性のものからミツバチやマルハナバチのように一巣に働き蜂を多数有するものまでいる。また、一年に一世代ではなく複数世代のものもある。新羽化成虫は秋に現れるものや翌年にならないと出現しないものもある。これらを単純に採集個体数で比較してもよいのであろうか。巣数がわかればよいかもしれないが、それを導き出す方法は今のところ無い。これらの問題には簡単には答がでない。しかし、花と訪花者の関係を考えるのならば個体数でもよいとも言えるだろう。

 種による採集時の見落とし率は異なるだろうと思われるが、これは今のところ評価しようがない。一般に小型の種ほど見落とし率が高いと思われるが、今回採集個体数が多かったのは小型の種である。比率はともかく順位にはそう違いは無いだろうと思われる。

季節変動は、採集時の天候や採集間隔、また開花植物量などによって結果が大きく左右される可能性は高い。今回の調査では、春特に5月に低温が続いた。また、夏には天候の悪い日が続き、採集間隔が空いたりあまり天候の良くない日に採集を行った時もある。また、6月下旬から何度か草刈が行われ、一時に草花が非常に少なくなった時がある。これらの事柄が影響を及ぼしていることは確実である。とはいえ、過去の経験から、夏季に少なくなることも確実である。

 訪花性については、今回の調査では全開花植物(ハチが訪花したかしないかにかかわらず)の記録をとらなかった。そこまで手がまわらなかったわけである。全開花植物の開花期間や相対頻度などの記録無しでは、ハナバチの訪花性の検討がむずかしい。

 種々問題点や、それに対する言い訳やらを書いたが、調査上の問題点、弱点を認識しておくことは、調査結果を云々する際、結果を鵜呑みにしない、言いすぎないためにも必要なことである。

 

まとまらない最後

 今回の結果については、調査した本人としては、さまざまな点についてあやしげなところは有るにしても、おそらく実際からそう大幅な振れは無いものと思っている。しかし、それが本当かどうかは今後の調査の進展によってのみ判断される。

 調査結果がその地域の実際の平均的一般的パターンからどの程度ずれているのか、考えるべき要因は多々あり、それを考えるにしても一回の調査や一ヶ所の調査では要因の分離や評価上どうにもならない事柄ばかりである。とにかく、このような調査結果の真の内容は、何度もの調査や各地での調査との比較検討によってようやく少しづつ判明してくるものである。

 できれば、同様な調査を各地で続けたいと思っているが、出来るだろうか。続けなければ一歩を踏み出した意味がないとも思うが、むずかしい気もしている。

 

呉羽丘陵城山で多かったハナバチ

1.ヤマトツヤハナバチ,2.マメヒメハナバチ,3.ニッポンチビコハナバチ,4.アカガネコハナバチ,5.キオビツヤハナバチ,6.バラハキリバチモドキ.

 

ハナバチと似て非なる昆虫

1.ハナアブ,2.ホソヒラタアブ,3.ミカドアリバチ.などハナバチとまぎらわしい虫も多い。本文中には書かなかったが、採集時にこれの区別がつかなければ調査効率が大幅に落ちる。これも、調査上の問題点の一つである。

 

 


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