花と昆虫の関係を考える−ある秋の日の観察から−

                根来  尚

9月のとある晴れた日、山道の傍ら石の上に腰を下ろし一休みしているとご想像ください。林縁には赤紫色のツリフネソウが一むら咲き、黄色のアキノキリンソウと淡い青紫色のノコンギクの一むらも咲いています。皆さんも、少しのんびりとして、私の観察にお付き合いください。

アキノキリンソウやノコンギクを訪れる虫

ぼんやりと眺めていると、小型のホソヒラタアブがアキノキリンソウの花に止まり花粉をなめ始めました。顔を花の中に突っ込んで花蜜もなめているようです。ホソヒラタアブはノコンギクの花上にも来ています。

今度は、ノコンギクに大型のナミハナアブが飛んできました。ホソヒラタアブは、ナミハナアブに追われるかのようにノコンギクを離れアキノキリンソウに飛んでいきました。ナミハナアブはノコンギクの花上をぐるりと一回りすると今度はアキノキリンソウに飛んでいきました。

ニホンミツバチが、羽音も高くノコンギクの花を次々と訪れては、花蜜を吸い花粉を後足に溜めています。もう1頭のミツバチがアキノキリンソウにやってきました。

 黒色で小型のコハナバチの一種が幾つかのアキノキリンソウを渡り歩いてノコンギクにもやってきました。

ハナアブ類(ホソヒラタアブもハナアブの仲間です)は花の上でゆっくりと花粉を食べ花蜜を吸っているのに対し、ハナバチ類(ミツバチとその仲間、コハナバチの一種もハナバチ類です)は大急ぎで花々を巡っています。

 ツリフネソウを訪れる虫

アキノキリンソウやノコンギクの花上はハナアブ類や小型のハナバチ類で賑わっていますが、ツリフネソウにはまったく昆虫が訪れていません。ツリフネソウには昆虫が来ないのでしょうか。

その時、ブーンという大きな羽音がしてオレンジ色の毛で被われた大型のトラマルハナバチが飛んできました。トラマルハナバチはミツバチに近縁のハナバチ類です。

トラマルハナバチは、アキノキリンソウやノコンギクには見向きもせずツリフネソウの一むらに飛んでゆき、次々とツリフネソウの花に潜り込んでは花蜜を吸い、背中を花粉で白くして飛んでいきました。

しばらくすると、今度はクロホウジャクというハチドリのような姿をしたガがやってきました。

クロホウジャクは、ほとんど花には触れず、ホバリング(空中の一点にとどまって浮かんでいる飛行)しながら長い口吻を伸ばし蜜を吸って飛んでいきました。

長く観察していても、ツリフネソウにはハナアブ類は姿を見せません。どうもハナアブ類は、ツリフネソウの花には来ないようです。

 花と昆虫の関係

まだまだ眺めていたいところですが、ここらで少し頭を切り替えて、花と花を訪れた昆虫の関係について考えてみましょう。

一般に花と昆虫との間には、花の蜜の提供・花粉の送粉という“共生関係”があると言われています。

たしかにそうなのですが、実際はそのような一言で言い表されるような単純なものではありません。今観察したところでも、4種類の関係がみられます。

一つめは、ツリフネソウとホソヒラタアブ・ナミハナアブ・ミツバチ・コハナバチの、またアキノキリンソウ・ノコンギクとトラマルハナバチ・クロホウジャクのように関わりを持たないという関係です。

二つめは、ツリフネソウとクロホウジャクのように、昆虫が花蜜をいただくだけの一方的な関係です。

クロホウジャクは花蜜という甘い利益を得ますが、ツリフネソウは花粉の送粉をしてもらえないばかりか、花蜜が減って花粉の送粉者も来なくなってしまいたいへんな迷惑を被ります。

チョウやガ類はさまざまな花から吸蜜しますが、口吻が長く足も長いので体に花粉が付かず、花にとって迷惑な訪花者であることが多くあります。

三つめは、アキノキリンソウ・ノコンギクとホソヒラタアブ・ナミハナアブ・ミツバチ・コハナバチのように、複数種の花と複数種の昆虫が互いに関係しあうものです。

アキノキリンソウとノコンギクは、小さな筒状の小花が集まって一つの“花”を作っています。特に花蜜は隠されているわけではなく口吻の短い昆虫でも吸蜜は可能です。

花粉も細く突き出た花柱上に付いていて容易に食べられますし体にも付着します。それでいろいろな昆虫がやって来ます。

昆虫にとってはエサが得られれば良いのですから、それが可能ならば特別な理由が無ければ特に花を区別する必要はないのでしょう。アキノキリンソウからノコンギクへ、ノコンギクからアキノキリンソウへと渡り歩いても良いわけです。

しかし、アキノキリンソウ・ノコンギクにはトラマルハナバチやクロホウジャクは訪れていません。長い口吻はかえって浅いところの花蜜は吸いづらいのでしょう。

昆虫もより容易にエサの得られる花に行くわけで、複数対複数の関係とはいえそこには花の形・昆虫の形に応じた関係する範囲というものがあるわけです。

花の方から考えると、同じ種の花をあちらこちらと訪れてくれる昆虫は、送粉のために大変良い昆虫なのですが、別種の花も渡り歩く昆虫は送粉の効率が悪く、あまり有り難くありません。

そこで、効率の悪い送粉者から花蜜を隠し、同種の花間を渡り歩いてくれる昆虫だけに花蜜を与えようとします。

昆虫も植物の種ごとに花の形が違うとなると、同一種の花ばかりを訪花した方が花毎に花蜜の探し方を変えなくてもよいので効率がよいでしょう。

花と昆虫の意見が一致し一層の効率化を求めると、四つめの関係、ツリフネソウとトラマルハナバチのような1対1の相互に利益の得られる関係となります。

もっとも、なかなか完全な1対1関係になれないのはツリフネソウにクロホウジャクが訪花するのでも解りますが、それはさておき、ツリフネソウは花蜜を細長い距に隠し、葯や柱頭を花の中で下向きに吊るし、花蜜を飲もうと花に入り込んだトラマルハナバチの背中に花粉を付けまた花粉を受け取ります。

ハナアブ類や小型のハナバチ類は、ツリフネソウからは隠された花蜜や花粉を簡単には得られず、他に簡単に得られる花が付近にあるのでわざわざツリフネソウは訪れません。

1対1の関係は、花にとって確実に効率よく送粉がなされ誠に良い関係であると考えられますが、しかしそこには訪花者が数少なくなるという当然のデメリットがあります。また、その他にも、何らかの理由で一方が存在しなくなるともう一方も消えざるを得ないという大きなデメリットもあります。

互いに完全に依存しあうのも考え物というわけです。

実は、今回の観察に登場してもらった昆虫たちは、花を訪れる昆虫たちのほんの一部です。

 ゆっくりと観察していると、もっとたくさんの昆虫たちがアキノキリンソウやノコンギクにやってきます。

ツリフネソウにもトラマルハナバチ以外のマルハナバチが訪花しますし、トラマルハナバチも他の多くの花を訪れます。というわけで、現実には完全に1対1の関係にある花と昆虫は数少ないものです。

花と昆虫を観察しよう

1対1の関係は、花と昆虫の相互進化を端的に示すものでたいへん興味深いものですが、より興味深いのは、多対多の関係で、その中には何らかの構造が見られるはずであり、また複雑な関係が織り成されているはずです。

多種の昆虫が訪花し多種の昆虫に送粉される花、多種の昆虫が訪れるが特定の昆虫にしか送粉されない花、一定範囲の昆虫類しか訪花しない花、広い地域を見ると多種の昆虫が訪花するが地域を限ると特定昆虫に限られる花。

一定グループに限られた複数種の花を訪れる昆虫、年間を通じると多種の植物を訪花するが時期を限ると特定種のみを訪花する昆虫、多種の花を訪れるが特定の花しか送粉しない昆虫、多種の花を訪花し多種の花に送粉する昆虫……。

また、ノコンギク上のホソヒラタアブとナミハナアブのように昆虫どうしの関係が花と昆虫の関係を変化させることもあります。

花と昆虫の関係を現実に即して分析するのはなかなかたいへんなことです。花を知り、昆虫を知り、全体を知り、部分を知りようやく見えてくるものでしょう。

そのためにも、たくさんの観察が必要になってきます。

ある場所での観察結果が他の場所でも同じとは限りません。ある時期の観察結果が他の時期でも同じとは限りません。

観察すべき花や昆虫は、あなたの周りに無数にあります。

いつでもどこでも、観察し記録しておきましょう。その観察が、あなたを新しい発見に導くかもしれません。 


富山市科学文化センター 学芸員の部屋 昆虫の部屋