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今月の話題:No.25

白萩いん鉄の話

当館の自然史展示室の最後に天文展示コーナーがありますが、そこにはいろんな種類のいん石が展示されています。その中に特に大きな2個のいん石がありますが、これは昔富山県上市町白萩地区に落ちたものです。大きな方は白萩いん鉄1号といって今から90年昔、明治23年(1890)に上市川に上流の山奥で道林末之助さんが山仕事の帰りで発見したものです。道林さんは河原に普段見かけない表面の焼けただれた黒い鉄の塊があったので、変わったものだと思い、これを拾って帰ったところ、あとからの調べでいん鉄とわかったものです。これはのちに一部が切り取られ、それで流星刀と呼ばれる刀が作られたので有名です。もう一つの方は白萩いん鉄2号といわれますが、明治25年(1892)の夏、同じ川の上流で早乙女岳のふもとの切理谷というところで、藤木松太郎さんが木の切り出し作業中に、やはり河原から偶然に見つけ出したものです。この方も同様に黒い鉄の塊として発見され、後ほどいん鉄とわかったものです。

ところで宇宙から地上に降ってくる天然の宇宙物質を一般にいん石と呼んでいますが、その中でも鉄を主成分とするものをいん鉄と呼んでいるわけです。この他にケイ酸塩を主成分とする石質いん石、石質と鉄の混ざった石鉄いん石などがあります。いん石全体の80%が石質のもので、鉄質のものは比較的少ないわけです。それではこれらのいん石は宇宙のどこからやってきたのでしょうか。

今から46億年昔、太陽系が誕生したと考えられています。これは一つの説ですが、まず星間物質の中から原始太陽が作られましたが、そのまわりに残ったガスはやがてかたまって小さな粒子を形成し、それがさらに集まっていくつもの原始惑星を形成したと考えられています。これらの惑星はたがいに衝突してこわれ、無数の破片となりましたが、やがてこれら無数の原始惑星は再び集まって惑星を作り、やがて現在の太陽系の形へと落ち着いてきたものと考えられているわけです。現在も地球と火星の軌道の間にこのようなかけらがかなり残っていて、時たま地球に飛び込んでくるわけです。90年前に見つかった白萩いん鉄もこのようにしてできた46億年以上昔の星のかけらではないかと考えられているものです。■

文:倉谷
発行:昭和55年4月


富山市科学文化センター
作成 八田 2001.9.24.
最終更新 市川 2001.12.27.
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