科学する心(「ジュニア科学賞・とやま」に期待する)
「人間は考える葦である」-パスカルの有名な言葉である。
そして、ロダン作「考える人」の彫刻は今でも多くの人の知るところである。
有史以来、人間の考えるという思考・創造の所産が今日の近代文明社会を築き上げてきた。
自然科学の歴史も自然を知ることからスタートし、自然をはかる道具を創り出すことで進歩してきたのである。
ノーベル化学賞を受賞した田中耕一さんの業績もタンパク質をはかるソフトレーザー脱離イオン化法の発見にある。
自然は好奇心を育む
富山に生まれ、富山で育った田中耕一さんは、ふるさと富山を次のように回顧している。
「私はこれまでの人生をずっと自然がごく身近にある環境で暮らしてきました。特に少年・青年時代を自然の中で過ごしたことは、私のその後の科学に対する姿勢に影響を与えていると思います。
なぜ、草花のかたちはこんなにも千差万別なのか。どうしてオタマジャクシはカエルになるのか。……自然の中には、自分の理解できないことが山のようにあります。少し分かったかな、と思うと、その倍以上の不思議な現象が見えてきます。その繰り返しで、無意識のうちに、自然に対する好奇心や畏敬の念が生まれてきます。
植物が花を咲かせ、その蜜に引き寄せられた昆虫が花粉を運ぶ。……こうした、とても巧妙な自然の仕組みを見ていると、たとえその仕組みがどのように出来上がったのかは分からなくても、自分の創造性も刺激されます。単に海や山をボーッと見ているだけでも良いアイデアが浮かんでくることだってあります。
少なくとも私にとって自然は、私の好奇心を育み、創造性の源となっていることは確かです。」
創造性発揮の条件
独創的な考え方でノーベル賞に価する大発見にいたった経緯を次のように語っている。
「私には”挑戦”する“勇気”がありました。“不屈”の意志もありました。二つの補助剤を“組み合わせ”て使うという“新たな視点”もありました。間違って混ぜてしまったものをこれでも使ってみるかという“遊び心”もありました。間違えたのもある意味“偶然”ですし、失敗続きでも“努力”し続けました。混ざったものを使ってみようと思ったのも何らかの勘“瞬間的ひらめき”がなかったとは言えません。」
さらに次のような言葉を付け加えています。
「よくよく考えてみると、これは、ふつうだれもが大なり小なり持っている可能性ばかりではないか。だれにでも、当然のことながら、独創性があります。創造性は、だれでも、どこでも、いつでも発揮できるのです。“人類は創造的な動物である”という事実を忘れないでください。」
科学する心
田中耕一さんは生涯一エンジニアとして研究開発に関わっている自らの姿を次のように描いている。
“なぜ”という疑問は創意をかりたて、“いかに”という発想は工夫を生む。
- 面白ければ好きになれる(好奇心)
- 好きなことには熱中できる(探究心)
- 熱中してこつこつやれば新しい発見がある(自主性)
私たちに勇気・夢・希望を与えてくれた田中耕一さんの生き方に学びつつ、日常生活の身近なことがらと五感をとおして親しみ、観察・実験・栽培・飼育・物づくりなどの活動のおもしろさ、楽しさを味わいながら、自然の妙味、不思議さ、偉大さを感じとる鋭い感受性、柔軟な発想、独創的な思考こそが“科学する心”の礎となるのである。
「ジュニア科学賞・とやま」の精神は、まさにこの田中さんの研究姿勢に通ずるものである。この賞が契機となって、科学に取り組む富山県の小・中学生から、第2、第3の田中さんが出ることを信じている。