学芸員に必要な同定能力
土壌動物 (第55回)



  
   
   土壌動物の採集に使うツルグレン装置
   
 私が研究材料に選んだワラジムシの仲間には多くの種類がある。本来は海にすみ。海岸から深海まで幅広い分布域を持っている。普段は海底に住んでいるのに夜になると水面を泳ぎまわり、プランクトンネットなどにも入る。また、川や池などの真水にもいるし、陸にも上がっている。さらに魚や他の甲殻類に寄生する寄生虫もある。昆虫やクモのいない場所でもダンゴムシやワラジムシがいる。これらは土の中の落ち葉などを食べ,分解してくれる土壌動物の重要な一員である。

 土壌動物は特に森の分解者としてまた、環境の指標として重要なものと考えられはじめ,陸上系では不可欠な調査項目であるが,日本の土壌動物の研究は遅れ,また、生物の種名も判明していないものが多い。富山県でも,呉羽丘陵と有峰地区,富山市古洞池周辺の調査があるにすぎない。

 調査の方法は見つけどり及びツルグレン装置による採集がある。見つけどりでは、落ち葉層と腐植層の土についてピンセットと吸虫管で採集する。ツルグレン装置とは落ち葉や土を円錐形の物に入れ、「上部にある百ワットの白熱球で三〜四日照らすと土や落ち葉の乾燥から動物が下へ逃げる。それをエタノール入りの瓶で受ける。概ね体長二ミリ以上のいわゆる大型土壌動物に属するコウガイビル,巻貝,ミミズ,そして昆虫、クモ、カニムシ、ムカデ、ヤスデなどである。体長0.2〜2mm以上のいわゆる中型土壌動物に属するダニやトビムシと呼ばれる微小昆虫である。いずれも美しいものやかわいらしいものが多い-と思う。

 続いて名前調べすなわち、同定の作業に入る。ところがわが国ではこの類の研究は始まったばかりである。外部の専門家への同定の依頼が必要で、あらかじめ類型的に分類し,その一部またはほとんど全部を同定してもらってまとめる。ところが、これが大変な難物でお願いした研究者の膨大な仕事量を強いることとなる。 見ず知らずの人からの依頼は断られる。図鑑や図譜が出版され始めてはいるが、ごく一部である。まして、個体による変異も大きい。

 今わが国においては一つのグループに一人の専門家がいれば良い方である。私がワラジムシを同定する代わりに別のグループを見てもらう。多忙な相手に同定をお願いするにはこの手がいい。今や専門的な研究,同定能力は自然史系博物館の学芸員にとってきわめて重要である。 (布村昇 2000年6月23日掲載)




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