極寒で至福を独り占め
雪の結晶撮影 (第10回)



  
   
   透明感が強く美しい雪の結晶
   
 毎年、雪の結晶の写真を撮るために奥飛騨へ出かける。ここは、冬でもロープウェィが2000メートルの高さまで運んでくれる。真冬はマイナス10度前後になり、少し風が強いのが難点であるが、生まれて間もない雪を捕まえるには都合のよい高さである。

 風の弱いところに顕微鏡を組み立て十分冷えるまで待つ。黒い布を広げ、その上に落ちる雪を見る。スキー場などで、大きな雪の結晶が服についたのを見た経験があると思う。山の上だと結構きれいな雪が降ると思われるかもしれない。しかし、裸眼で大きく見える雪の結晶で、写真になるものはまずない。大きいということは、生まれてずいぶんとたっているということだから、顕微鏡で見ると、どこか欠けていたり、別の雪の一部が付いていたりするのである。写真になるのはもっと小さい、せいぜい一、二ミリの、しかも透明なものである。だから探しにくい。

 視線の角度を変えて、きらりと光る雪を探し当てる。息を殺し、細い昆虫針を少しなめ、それに雪をくっつけて顕微鏡の台までもっていく。この過程がくせものだ。せっかく取っても、途中で落としたり、風で持っていかれたりする。大きな魚を釣り上げる瞬間に逃がしてしまう太公望の気持ちがよくわかる。そのうち体が冷え、手もかじかんでくる。皮肉にも、これも雪に熱を与えないために必要な撮影条件なのだ。寒い所にどれだけ長くいられるかが勝負なのである。

 それだけに結晶の移動が成功して顕微鏡下で見る雪の姿は格別である。写真では、横から光を当てて、わざと縁を白っぽく際だたせて見せるが、視野の中の雪はもっと透明感が強い。その繊細な姿を見ると、寒さも長く立っていたことも忘れる。精緻な造形を無尽蔵に作り出す自然の妙に触れる至福の瞬間だ。それを独り占めにできる満足感があり、重い顕微鏡を持ってまた今年も山にあがる。 (元学芸員 石坂雅昭,2000.4.15掲載)




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