メッセージ込めた標本
大御所からの寄贈品 (第81回)



  
   
   アメリカアリタソウと進野氏の「富山の植物」
   
 科学文化センターに勤め始めた昭和五十七年十月、大きな仕事が回ってきた。富山の植物学界の大御所である進野久五郎氏から植物の押し葉標本七千点の寄付があり、それを取りに行ってできるだけ早く整理する仕事だった。

 進野先生は富山師範学校教諭、富山中部高校長、上市町教育長などを歴任し、富山県の植物について幅広く研究された。代表的な著書「富山の植物」は、植生と気象、地形とのかかわり、北陸の多雪地域特有の植物、高山帯の植生、帰化植物の隆盛などにスポットを当て、写真をふんだんに使い、分かりやすく紹介している。植物標本は、急速に変化しつつある自然の中でいつなくなるか分からない植物の生態記録への使命と自然保護への願いを込め採集されてきた記録である。

 先生のコレクションは一度、戦災で消失したが、終戦の翌昭和二十一年から立山町などで再開された。被災した富山市内で最初に採った標本は昭和二十二年、富山電気ビル横で採集したアメリカアリタソウである。焼け野に定着した草が、北米からの帰化植物であったとはなんとも皮肉だ。

 標本整理は、科学文化センターで活動している城南野草サークルの皆さんが、連日手伝ってくれたおかげで順調に進み、昭和五十九年三月、センターの館蔵品展としてコレクションを一般に公開できた。初日の朝、公開の様子を自宅のテレビでご覧になった先生から電話があった。アメリカアリタソウの標本が映っていて懐かしいとのことだった。先生はその後体調を崩され、その年の十月、八十四年の生涯を閉じられた。送り出した”わが子”の晴れ舞台を見届けた思いでいてくださったであろうか。

 「一輪の花に無限の自然」とは、先生がよく色紙に残された言葉である。遠い過去から脈々と受け継がれてきた命の尊さと、それを守ってきた大きな自然の存在を忘れてはいけない。自然を大事にしろよというメッセージが込められている。(太田道人 2000年8月4日掲載)




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