自然の様子示す証人
県内最古の植物標本 (第82回)



  
   
   植物標本は生育の事実を語る証人である
   
 昭和五十八年春、当時の長井真隆科学文化センター館長が、自宅に所蔵していた植物標本四千五百二十八点(故吉沢庄作氏のコレクション千六百七十二点を含む)をセンターに寄贈した。

 長井氏のコレクション二千八百五十六点は、昭和三、四十年代に、僧ヶ岳(宇奈月町・魚津市)をはじめ南アルプスや丹沢、八甲田山などから採集されたものだ。特に長井氏が東京大学理学部植物学教室に内地留学していた昭和三十一年には集中的に標本が採集されており、指導教官であった山崎敬教授(植物分類学の権威)によって正確な名前が付けられている。採集データの記述も正確で詳しい。特に僧ヶ岳とその周辺地域の標本は充実している。

 吉沢氏は、明治から大正の時代に生きた博物学者・岳人・俳人・教育者で、富山県側から白馬岳への登山ルートを開くなど、黒部峡谷と北アルプスを世に知らしめた人である。吉沢氏のコレクションは、県内最古の植物標本である。一九〇九年の白馬岳から採集が始まり、一九四二年の薬師岳で終わっている。県東部の山岳域で初めて採集されたものを多く含む貴重なものだ。

 吉沢氏が亡くなって十五年目にあたる昭和四十六年、コレクションは子息から長井氏に寄贈された。長井氏はこれらを整理し、以後十二年間にわたり保管してきたのである。

 いずれのコレクションにも、現在ではその場所でもう見ることができない植物がたくさん含まれている。古い時代の標本は、その価値を理解しない人にとってはただの枯れ草であるが、かつてのとやまの自然の様子を示す証人として重要である。

 長井・吉沢コレクションの管理は、これから科学文化センターが行う。寄贈してくださった方々の信頼にこたえ、標本を末長く保管し多くの人に活用していただきたいと思っている。(太田道人 2000年8月5日掲載)




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