県内を網羅する3万点
昆虫コレクション (第84回)



  
   
   アゲハチョウ類など田中氏のコレクションの一部
   
 田中忠次氏は、一九一二年に宇奈月町で生まれ、小・中学校の先生を務めながら、戦前から九三年十一月八十一歳で亡くなる直前まで、一貫して「富山県の昆虫相」の解明にあたった。生涯、富山県の昆虫と共にあった方である。植物への造けいも深く「花と昆虫の関係」も重要なテーマとした。

 田中先生が採集した戦前の標本は、たいへん悔しく惜しいことに富山大空襲で焼失したが、それに屈することなく戦後も県内を広く調査し、その結果は「富山県の昆虫」(七九年富山県発行)に結実した。

 その中で報告された昆虫標本は、多くが科学文化センターに寄贈され保管されている。寄贈された昆虫標本は、トンボ目からハチ目にいたる県内で知られるほとんどの目にわたり、点数は約三万点。昆虫すべてのグループにわたり詳しく調査する方はもう現れないだろう。

 標本一点一点に丁寧に採集データの記されたラベルが付されており、標本をいただきに自宅を訪ねたときには、採集時のことをまるで昨日のことのように楽しそうに話された。先生のきちょうめんな性格とともにその一点一点への愛情の深さが感じられた。ガ類とチョウ類は針刺しの標本であるが、他のものは保管場所の節約と個体の破損を防ぐため考案された、脱脂綿上に個体を置きラベルとともにビニールの小袋に封入する先生独特のものであった。

 現在、これらの標本を少しずつ整理しており、ようやくトンボ類、バッタ類、チョウ類、ハチ類の一部の標本の整理が終わった。個体数が多く、なかなかはかどらないのが現状である。いまさらながら先生のすごさが実感される。

 多数の標本は各グループの専門家によらなければ整理も進まない。良好な自然環境の減少が進む今日、過去に収集された標本類の再調査はたいへん重要な作業となり、それによって新発見もあると思われる。(根来尚 2000年8月11日掲載)




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